奨励学級 第三回 「市民が主体のまちづくりとは?」国分寺市の今


~国分寺市まちづくり条例策定から現在のまちづくり~

講師:国分寺市まちづくり部まちづくり推進課 細江課長、三田係長 参加者17名 資料1  資料2

国分寺市まちづくり条例制定に至るまで(細江課長)

国分寺市まちづくり条例の制定は、平成13(2001)年から15年まで2年間かけて行われた「都市(まち)づくりサロン」での市民と行政との話し合いから始まりました。都市(まち)づくりサロンは、市民なら誰でも自由に参加でき、2年間で計165回、のべ1000名以上が参加しました。2年間で165回というと、平均して1か月に7回近く開催されたことになり、その熱意に驚きます。

平成14(2002)年には都市計画法が改正されて都市計画提案制度が創設され、この制度も条例に反映すべく、計25団体362名が参加した団体ヒアリングや、10地域で36名が参加した地域懇談会も行われました。

このような検討を経て、平成15(2003)年に都市(まち)づくりサロンから、40ページ余りにわたる「国分寺市まちづくり条例策定への提言書―都市(まち)づくりサロン2年間の成果―」が提出されました。この提言書の内容は、まちづくりの基本理念や、協働のまちづくり(まちづくり計画について)、秩序あるまちづくり(都市計画提案制度等)、協調協議のまちづくり(開発事業に伴う手続等)など、現在の国分寺市まちづくり条例の骨格として活かされています。

この提言を基に、サロンに参加していた市民と市職員に専門家を加えた「まちづくり条例合同検討会議」が設置されて国分寺市まちづくり条例案を作成し、平成16(2004)年に市議会で可決され、平成17(2005)年から条例が施行されました。

国分寺市まちづくり条例の内容

 以上のような市民と行政の協働作業でつくられた国分寺市まちづくり条例は、「まちづくりの理念」を踏まえ、地域特性を活かしたまちづくりや都市計画を市民参加で進める「まちづくりの手続」、開発事業に伴う「手続と基準」等を定めた、まちづくりに関する総合条例です。

 まず、まちづくりは、市民等、事業者及び市の相互の信頼、理解及び協力のもとに、協働によって行うことを基本理念として定めています。そして、協働のまちづくり、秩序あるまちづくり、協調協議のまちづくり、の3つの仕組みを定め、これらのまちづくりについての諮問に応じ、審議・答申を行う機関として、市民7名と有識者6名から成る「まちづくり市民会議」を設けています。

 協働のまちづくりでは、住民等の合意により、地区独自のルールを市のルールとすることができる仕組みを定めています。「地区まちづくり計画」など、市民等の発意・主体によるものと、「推進地区まちづくり計画」という市の発意で、市街地整備等のルールを定めるものがあります。例えば、これまでにつくられた推進地区まちづくり計画には、国分寺街道及び国3・4・11号線周辺まちづくり計画や、西国分寺駅北口周辺まちづくり計画などがあります。

秩序あるまちづくりは、都市計画法に定められている土地所有者等による都市計画提案や、都市計画の原案の作成や決定における市民参加や支援について定めています。また、協調協議のまちづくりでは、良好な居住環境の創出等を目的として、面積500㎡以上の開発事業を規制対象とし、開発区域の前面道路の幅員は原則として6m以上となるように道路中心から3m後退すること、宅地造成の場合の敷地面積の最低限度などを定めています。

国分寺市の条例は厳しいというご意見もいただいています。

 また、まちづくり支援機関としてまちづくりセンターを設置し、まちづくり助成金や専門家の派遣で市民主体のまちづくり活動を支援することも定めました。

国分寺市まちづくりセンターから、まちのデザインセンターへ

国分寺市まちづくり条例に基づいて設置された国分寺市まちづくりセンターは、NPOとの協働事業で、市役所内に拠点をもち、まちづくりに関する情報や学習の提供、技術的・専門的な支援、交流支援、協議・調整や合意形成の支援など、市民の自主的なまちづくり活動を支援する機関として設置されました。

 しかし、センターの活動の中心となるはずだったまちづくり計画の策定等の需要がほとんどなく、啓発等のイベントも参加者が少なく、市民のニーズが的確に把握できていなかったことから、まず、まちを使う人を育て、育成することが、まちづくりの担い手を生み出し、担い手が国分寺市で活動できるフィールドを創っていくことで、まちづくりが進むのではないか、と発想を転換し、センターは平成28(2016)年度で終了し、新しく人材育成を軸とした「まちのデザインセンター」を発足させました。

国分寺市まちづくり条例に基づいて設置された国分寺市まちづくりセンターは、NPOとの協働事業で、市役所内に拠点をもち、まちづくりに関する情報や学習の提供、技術的・専門的な支援、交流支援、協議・調整や合意形成の支援など、市民の自主的なまちづくり活動を支援する機関として設置されました。

 しかし、センターの活動の中心となるはずだったまちづくり計画の策定等の需要がほとんどなく、啓発等のイベントも参加者が少なく、市民のニーズが的確に把握できていなかったことから、まず、まちを使う人を育て、育成することが、まちづくりの担い手を生み出し、担い手が国分寺市で活動できるフィールドを創っていくことで、まちづくりが進むのではないか、と発想を転換し、センターは平成28(2016)年度で終了し、新しく人材育成を軸とした「まちのデザインセンター」を発足させました。

国分寺市協働事業「こくぶんじカレッジ(こくカレ)」で広がる、まちを楽しくするプロジェクト(三田係長)

まちのデザインセンターは、まちづくりの実践者(アドバイザー)による企画会議、行政が主体となって行う条例の仕組みに基づくまちづくりの支援、NPO法人マイスタイルとの協働事業でまちづくりを担う人材を育成する「こくぶんじカレッジ(こくカレ)」を行っています。こくカレは、現在3期目ですが、その受講生が様々なプロジェクトを実現しています。

 こくカレでは、まちを居心地よくするプロジェクトをグループワークで企画し、伝え方やアイデアを整理するスキルを学び、自発的活動へつなげていきます。プロジェクトのテーマは、それぞれの受講生が「気になること」「好きなこと」「やりたいこと」です。自分が暮らすまちで感じる課題や思いを掘り下げて、プロジェクトを考えていくことを大切にしています。

 こくカレの講座は、月1回で7回あり、1回目は講師を招いてのオリエンテーションと自己紹介、2回目が国分寺を知る課題整理とアイデア出し、3回目がプロジェクトの検討とチーム作り、4回目がプロジェクトの中間発表、5回目が発表準備、6回目が発表会・交流会(こくぶんじスパイス)、7回目が振り返り会、となっています。6回目の発表会・交流会には、市長や副市長なども聞きにくるそうです。

 こくカレ講座は、平成31(2019)年から始まり、今年は3期目です。これまで、こくカレを通じて、様々なプロジェクトが立ち上がりました。例えば、市内の住宅街や団地などで小さなマルシェを開き、こくベジや駄菓子の販売や、ハンドマッサージ等とのコラボも行う「国分寺出張マルシェ(こくマル)」、国分寺の人を講師とし、様々なテーマで学ぶ場をつくる「こくぶんじツナガル大学(こくツナ大学)」、我が子の思い出を1冊の本にする「この子の絵本」、駅前広場や公民館ホール、ライブハウス等で同時多発に行う音楽フェスティバル「こくフェス」など。国分寺のまちを楽しくする様々なプロジェクトが立ち上がっています。

 こくカレには若い世代が多く参加しており、これからの国分寺市を楽しく、暮らしやすいものにしていく土壌になっています。自立的に活動を継続することが重要であり,支援とは餌を与えるのではなく、伝え方や企画の実現の仕方など、餌の取り方を教えることだと心がけている、という講師の言葉が印象に残りました。

主な質疑応答

国分寺まちづくり条例をつくる過程で、誰でも参加できる「まちづくりサロン」の参加者のうち市民7名が選ばれて「まちづくり条例合同検討会議」に参加したとのことだが、7名はどのように選ばれたのか。

平成15年のことで、正確にはわからないが、まちづくりサロンに参加していたメンバーのうち、希望した人が手を挙げ、推薦などされて、選ばれたのではないか。

災害時の避難の在り方や、高齢者の居場所づくりなど、まちづくりは楽しいばかりでなく、支え合いが必要なテーマもあると思うが、それらへの取り組みは?

まちづくり」という言葉は、人によって様々なとらえ方がある。国分寺市まちづくり条例は、もともと都市計画への市民参加を進めることがテーマで、都市計画担当部門が担ってきた。ひとことでまちづくりと言っても、防災、福祉など分野は様々で内容もそれぞれ深いので、各担当窓口で対応している。こくカレでは、それらの課題を自分ごととして捉え、自分で何が出来るかというアプローチから、居場所づくりや医療のアウトリーチなどのプロジェクトも生まれている。

国分寺市まちづくり条例では、開発事業の前面道路は幅員6m以上とするために、開発境界を道路中心から3m後退させるなど、業者にとって厳しい内容で、業者からの反発はないのか。

業者とは、現在も厳しいやり取りをしているが、国分寺市まちづくり条例ができた当初は、宅地開発の1区画の面積は最低135㎡以上(第一種低層住居専用地域、1,000㎡以上の場合)(※小平市開発事業における手続及び基準等に関する条例では、110m2以上)とするよう求めるなど、今よりも厳しい内容で、業者からはかなりの苦情や反発があったと聞いている。

小平市には、市民提案による市民活動支援公募事業や、行政発のいきいき協働事業などがあるが、国分寺市ではどうなっているか。

国分寺市にも、市民からの提案型協働事業と、行政からの公募型協働事業があり、こくカレは後者になる。

平成18年から10年間続いていたまちづくりセンターをまちのデザインセンターに変えたということだが、長く続いてきたものを変えるというのは大変だったのではないか。

最後の数年間は、まちづくりセンターの改善について考え、取り組んだがうまくいかなかった。10年経過したことから一区切りとし、ゼロから考え、まちのデザインセンターに転換したが、大変だった。

配布資料の都市計画提案制度の支援の図を見ると、説明会の開催の後に「まちづくり市民会議」を通すことになっているが、このまちづくり市民会議は、どれくらいの強制力をもっているのか。

まちづくり市民会議は、都市計画法でいう都市計画審議会のまちづくり条例版のようなもので、諮問を受けて答申をする機関である。決定権者ではない。決定前に市民が参加する会議体に諮り、その意見を踏まえて決定するという意味合いをもつ。

こくカレの予算として、国や都からの補助金は活用しているか。

こくカレは、国分寺市の公募型協働事業で、全て市の予算で賄っている

まちづくりセンターのときには、市役所内に拠点があったということだが、まちのデザインセンターには拠点はあるのか。

まちづくりセンターのときに、拠点があると莫大な維持費がかかり、外に出て行かないと出会いもないし情報も収集できないという反省があり、またSNSをはじめとする繋がるツールが発達していることから、まちのデザインセンターには現在、拠点を設けていない。ただし、「あそこに行けば誰かに会える」という拠点があるのもいいという意見もあり、今後どうするかは検討中。

感想(わたしたちのまちのつくり方メンバー)

 もともと、小平市と比べて、市民目線でつくられた国分寺市まちづくり条例の内容がとても優れていると感じて、今回の企画を始めました。条例のつくられ方も内容もとても良いのですが、まちづくりに積極的に取り組もうという市民がいなければ、せっかくの条例も思うように活用されない、という現実は、残念ながらも、あり得ることだと感じました。

 市が設置し、NPOが運営するまちづくりセンターも、活用されていれば理想的なものと思えるのですが、実際にはほとんど利用されず、参加者も少なかった。

 そこで、発想を転換し、まず自分ごととして考え、まちを居心地よくするアクションを自ら起こす市民を育てることから始めよう、という意図で、まちづくりセンターをまちのデザインセンターに変えたことに、国分寺市の職員の方の柔軟さと大変な努力を感じました。

 こうして始められたこくカレに、若い人が多く参加し、様々な発想でまちを楽しくする試みを始めていることはとても眩しく、輝いて見えます。こうして、自分が住むまちに関心をもち、まちで活動する市民を少しずつ増やしていくことが、長い目で見て、素晴らしい内容をもつ国分寺市まちづくり条例が活用され、市民参加のまちづくりを実現する一歩になるのだろうと思います。まだ時間はかかるかもしれませんが、こくカレの卒業生たちが、国分寺市まちづくり条例を活用し、まちづくり計画や都市計画を提案して、市民による市民のためのまちづくりを実行している未来のまちの姿が目に浮かんできました。

以上(水口)

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